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宝の地図   三角池   八重野充弘さん
宝の地図   三角池
  トレジャーハンター
八重野充弘さん
 
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天草四郎の財宝を探せ!
黄金の十字架など数十億円 ハイテク宝探しで見つけたものは!?
〜天草キリシタンの謎シリーズ(5)


厳しいキリシタン弾圧と領主の圧政により天草四郎を総大将に起きた日本史上大規模の一揆「島原の乱」(1637〜38年)。その一揆軍が、鎮圧される前に軍資金の一部を天草島内に隠した財宝があるという言い伝えがある。財宝は6キロ近い黄金の十字架を始め、金銀製の燭台20基、南蛮渡来の宝石をちりばめた王冠1つ、大判小判など時価総額なんと数十億円にも上るという。そのありかをなんと、46年間も探し続けている人がいる。東京在住の作家で八重野充弘さん(72)(註1)が今年も捜索するというので、記者も密着取材させてもらった。"秘宝"探しはこっそり行うものだと思っていたが、関西のテレビ番組も同行し、賑やかな宝探しとなった。果たして財宝は発見できるのか!

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心得その@「疑ってかかれ」

八重野さんによると宝探しを仕事とする「トレジャーハンター」には3つの心得があるという。
まずはお宝伝説を「疑ってかかれ」だ。伝説をうのみにせず、そのバックボーンを調べるというものだ。
島原の乱は単に農民一揆ではなく、関ヶ原の合戦で、豊臣秀吉の家臣だった小西行長が敗れ、その家臣や有馬晴信らの浪人が落ち延びた先で起こす乱によって江戸幕府を倒し、再興を図る意図があったと解釈。そのためには豊富な軍資金も持っていたと見る。

埋蔵金研究の先駆者で作家の畠山清行さんの著書「日本の埋蔵金」(註2)によると、一揆軍が原城に籠城することになり、軍参謀の案で落城した後の再挙をはかる軍費として、手元の一部を天草市下島に隠そうと決め、護衛役に小山田慶信という小西行長の遺臣が決まった。彼は軍資を守り、島にとどまっていたが、原城が落城した後、追っ手が日々、身辺に迫り、柱岳の麓の三角池の水中に財宝を隠したとされる。小山田は密かに島を出て、各地を転々とした後、江戸の本所に住んでいた。ところが190余年後の1847(弘化4)年、日本橋の薬屋の土蔵から彼の日記や地図が出てきたのだ。
以後、見取り図を頼りに多くの人が財宝目当てに天草を訪れたが、肝心の三角池が見当たらない。
しかし、1935年9月、有明町の老岳山麓で長さ5センチほどの黄金製の十字架が発見される。金メッキの下には「さんしゃる二 こんたろす五 くさぐさのでうすのたからしづめしづむる」と謎の文字が刻まれていたのだ。「種々の宝沈め鎮むる」これだ!と老岳付近が怪しいとなる一方、「さんしゃる池」というのが古い絵図に書かれていることや、「さんしゃる」の語呂が「三角」に似ていることから、場所は本渡から苓北町に至る往還で、天草下島北部広域農道の茶屋峠付近の三角池だという説も出てきた。

熊本市出身の八重野さんは東京の出版社に勤務する頃、畠山さんの本に出会い、埋蔵金探しの魅力に取り憑かれた。当初は伝説の信ぴょう性には否定的だったが、好奇心が勝った。苓北町の友人から三角池が見つかった!と知らせを受け、74年から77年にかけて3年間に7回も現地を探索したという。

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心得そのA「現場ではあるぞ!と信じてやる」

苓北町の三角池の現場には10年ぶりに訪れたという八重野さん。ヒノキが生い茂り、薄暗い。地元の人もほとんど知らないような場所だ。茂みをかき分けて進むと、長さ約100メートルほどの細長い池があった。冬場で水も枯れ、探索には絶好の条件だという。前回、水が多くて使えなかったが、深さ1・5メートルの深さまで検知できる性能の独製で100万円もするという金属探知機を持ち込んでのハイテク宝探しだ。今度こそ見つけてやる!と意気込むが、池のぬかるみに足を取られ、倒れそうになるのを必死に堪えながら、探知機で探し回る。

「ウイーン」突然、探知機が鳴った。
これだよ!出たぞ!と歓声が上がる。一気にテンションが上がった。
水分を含んだ泥をスコップで掘り下げるが、水が湧き出し、思うようにはかどらない。ペットボトルをコップに加工して、泥水を汲み出しながらの大変な作業になってきた。30センチほど掘り下げたところで、コツコツと何やら音がする。この先は用心して手で泥をかきあげる。
そして泥水の中から出てきたものは、、、
なんとジュースの空き缶だった!

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心得そのB「引き際が大事」

実際、宝探しといってもスコップで掘る肉体労働。金銀財宝を目当てにひたすら掘りまくる。冬の寒さ、夏の暑さに体力や気力、知力も使う。隠した昔の人との知恵比べだと八重野さん。結局、日没近くまで3時間かけて探したものの、今回も見つからなかった。幻の財宝か、とスタッフ一同、落胆する。
あと5センチ掘れば、見つかるかもしれない。さらにあと5センチ、、。それで人生を棒に振った人たちも多いという。見つからなかった時にどうするか、その引き際が大事だという。
天草を手始めに、畠山さんの手伝いもしながら徳川埋蔵金など、これまで全国約30カ所を巡ってきた。しかしこれまでどこも発見には至っていない。だが「ワクワクしながら、賑やかに楽しみながらやってきたからこそ今まで続けられた」という。まだ見ぬ財宝を求めてこれからも夢は続くのだった。

帰路、ふと思ったのは、天草四郎の財宝は億万長者を夢見る人にではなく、本当に困っている人を助けるために見つけて欲しいと、きっと天草のどこかに眠っているに違いないと、、。


呪文?の意味は?

十字架に刻まれた文字「さんしゃる二 こんたろす五 くさぐさのでうすのたからしづめしづむる」の意味は天草キリシタン研究会の浜崎献作会長(75)によると、キリシタンが祈りを捧げるオラショのラテン語の一部で、「さんしやる」とは聖なるもので「聖遺物」のこと。また「こんたろす」はロザリオを意味するポルトガル語だという。「聖遺物2個、ロザリオ5個 種々のデウスの聖遺物やロザリオをここに沈め、鎮めた」と解する。「さんしやる」は「聖遺物」のことで、三角池ではないという。結局、この十字架が見つかった老岳山麓を皆探したが、発見されという情報はない。また、上天草市松島町の樋合島にも言い伝えが残っている。(註3)

天草四郎の財宝探しは新聞やテレビなどマスコミも取り上げられ、マンガ「金田一少年の事件簿 天草財宝伝説 殺人事件」でアニメにもなった。2021年は天草四郎生誕400年で、上天草市は記念事業でイベントなどを予定。さらに注目を集めたいとしている。


(金子寛昭)

(2020/3/30)

         
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◎註:
(註1)八重野充弘(72)1947年8月24日生まれ。『埋蔵金伝説を歩く』「天草四郎の秘宝を求めて」9〜56頁。角川学芸出版、2007年。

(註2)畠山清行『日本の埋蔵金』「天草キリシタンの秘宝」298〜324頁。番町書房1973年。作家、埋蔵金研究家、戦史研究家、1906年生まれ、1991年3月10日没。

(註3)浜名志松『天草伝説集』「天草四郎の軍資金隠匿の地」34頁。葦書房1986年。

◎関連記事:

○西日本新聞 「天草コレジオ 謎に光 河浦示す古文書 英国に キリシタン最高学府所在地論争60年超」(2020年2月9日朝刊)記事中34行目「ラテン語で」は「ポルトガル語で」の誤りでした。お詫びして訂正します。(金子寛昭)

○西日本新聞 「天草コレジオ謎のまま?跡地の所在 かつて大論争 合併で下火 郷土史家危機感」(2019年12月14日朝刊)

○天草テレビ関連記事「天草コレジオはどこに?/60年以上も論争/決定的な証拠見つからず〜天草キリシタンの謎シリーズ(1)」

○天草テレビ関連記事「倉庫外に33年間放置したまま!/実は貴重な礼拝碑「カルワリオの十字架」/天草で初めて発見!史料的価値 高いと専門家」

○天草テレビ関連記事「新説を提唱!謎のキリシタン墓碑/新説を提唱!謎のキリシタン墓碑/イエズス会士のロペス神父か?」

○西日本新聞 「十字架刻む石碑 33年放置 天草市のため池から発見」(2019年12月7日朝刊)

○西日本新聞 「イエズス会神父埋葬か 地元の研究家が新説」(2019年12月3日朝刊)

○「白熱する論争の行方」天草テレビオピニオン(2002年1月)

○天草テレビ番組 コレジオ跡地論争白熱「欺瞞を暴く」片や「ねつ造」と主張(2001年)