船村徹・中山大三郎の遺作、同時発表

望郷歌「天草情歌」

天草二郎 故郷で歌う



 「別れの一本杉」「王将」「兄弟船」など数多くのヒット曲を生み、戦後歌謡界を代表する作曲家の船村徹(ふなむら・とおる・享年84歳)さんが生前に書き残した遺作「天草情歌」を門下生で天草市有明町出身の天草二郎(本名、濱崎龍司=46)さんが歌い2018年4月4日、日本クラウンからCDを発表した。作詩は「無錫(むしゃく)旅情」「人生いろいろ」などのヒット曲がある中山大三郎さんで、中山さんもすでに13年前に亡くなっており、2人同時の遺作発表となる。天草さんの故郷・天草市で披露された

。 船村さんは1932年、栃木県塩谷町生まれ。作詞家の高野公男さんと組み、作った曲「別れの一本杉」(春日八郎)が55年に大ヒット。以来、故郷や人の心を大切にし、大衆の心をつかむ曲を作り続けた。「演歌巡礼」と銘打ちギター1本で全国各地の酒場や刑務所を回り、弟子たちに「歌は心で歌うもの」と話していた。2003年に旭日中綬章さらに16年、歌謡曲の作曲家として初めて文化勲章を受章した。

天草さんは、地元の高校を卒業後、サラリーマン生活を送るが、テレビで歌う船村さんを見て感動し、弟子入りを決心する。船村さんと生活を共にする長い下積み生活が続き、デビューしたのは9年半後の2006年4月だった。故郷、天草で行われた発表会に駆けつけた船村さんは、「地道で良いから、コツコツと末永く、大人の歌を、歌って欲しい」と願いを語っていた。天草さんにはデビュー曲の「天草かたぎ」や「天草純情」「一徹」などを作曲している。

亡くなる1年前、天草さんに「いいのがあるから歌ってみないか」と話を持ちかけた。「しかしこの詩は1番しかないんだよな」と船村さん。その2ヶ月後に体調を崩し、入院した。その後、自宅療養を続けるが、昨年2月、容体が急変し、帰らぬ人となった。自宅の机には譜面が残されており、しばらく新曲の発表がなかった天草さんに、弟子思いの船村さんが用意していたものだった。

昨年8月、船村さんの妻で、事務所社長の福田佳子さんが音楽評論家の小西良太郎さんに相談し、探してもらったところ、残りの詩が中山さん宅で見つかった。「ふるさとは雨」のタイトルで書き残されていた。書かれた時期は分からないが、かつて2人のコンビで作られ、春日八郎が歌いヒットした「夜行列車」などと並ぶ、望郷歌だ。年末から今年初めにかけてレコーディングが行われた。そして4月8日、天草市民センターホールで行われた「天草桜まつり」で歌い、披露された。

天草さんは「両先生がどんな思いで作られたのか、その気持ちを大切にして歌った。故郷を遠く離れて、がんばっている人たちにぜひ、聞いて欲しい」と話している。
(2018.5.25)

「天草情歌」唄・天草二郎
作詞・中山大三郎/作曲・船村徹

雨雲が 西へ流れる
ふるさとは 雨だろうか
おふくろが むしろをたたむ
いもうとが いそいで帰る
二つ 三つ 柿も落ちたろ

さよならも 言えず別れた
あのときも 雨だった
こみあげる 思いのように
肩先を ぬらしていたよ
バスを待つ 村の日暮れに

思い出を あまくぬらして
ふるさとに 雨よ降れ
いつの日か のぞみを果たし
手をふって 帰って行こう
あぜみちよ 森よ変わるな



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