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青木繁「天草風景」
    (上の写真は番組から)
         
青木繁   天草風景   絵筆箱
青木繁   青木繁「天草風景」
(熊本県立美術館「大原美術館展」
=大原美術館所蔵)
  見つかった絵筆箱
     
 
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天草テレビ開局12周年記念特別番組

青木繁が使った絵筆箱天草で発見!
放浪と男の友情・天才画家・青木繁が描いた「天草風景」


「海の幸」や「わだつみのいろこの宮」(いずれも国指定重要文化財・石橋美術館所蔵=福岡県久留米市)などを描いた福岡県久留米市出身で、日本美術史上に残る夭折の天才画家、青木繁(あおき しげる 1882〜1911年)が「天草風景」(大原美術館所蔵=岡山県倉敷市)を描いたときに使ったと伝えられる木製の絵筆箱などが熊本県天草市の高木聰さん(73歳・医師=写真下右)宅で見つかった。また美術学校時代の写真も数枚残っていて、青木研究の第一人者である福岡大学人文学部植野健造教授(日本近代美術史=写真下左)は近く、現地を調査する予定だ。

「天草風景」は青木が28歳の若さで亡くなる2年前、東京美術学校(のちの東京芸術大学)西洋画科の同級生であった高木巌さん(1879〜1954年)宅に滞在し、描いたとされる。縦45.5センチ横60センチのカンヴァスに油絵の具で、山を背景に、海峡を帆掛け船が風をいっぱいに受けて、航行しているようすや、海岸で磯仕事をしている「姉さんかぶり」をした着物姿の二人の女性が描かれている風景画だ。

青木繁は1882(明治15)年7月13日、福岡県久留米市に生まれる。
1900(明治33)年、東京美術学校(のちの東京芸術大学)西洋画科に入学し、黒田清輝らの指導を受ける。
1903(明治36)年、古事記、日本書紀などの神話をモチーフにした作品「黄泉比良坂」(よもつひらさか =東京芸術大学所蔵)など十数点を白馬会第8回展に出品、白馬賞を受賞し、画壇へのデビューを果たした。

1904(明治37)年7月、東京美術学校を卒業後、坂本繁二郎など画塾不同舎の友人や、繁の恋人でもあった福田たねらとともに千葉県南部の布良(めら)に滞在し、「海の幸」など後世に残る作品を描き、白馬会第9回展に出品し、さらに注目を集めた。
しかし、1907(明治40)年、青木の自信作でもあった「わだつみのいろこの宮」を東京府勧業博覧会に出品するが三等賞と最末席の評価で、不本意な結果に終わってしまった。
同年8月には父が亡くなる。危篤の知らせを受けた繁は単身帰郷。
1908(明治41)年10月から青木は一家を支える甲斐性もなく、九州を放浪する。翌年1月、美術学校時代の同級生で済々黌天草分校(のちの天草高校)の図画教師をしていた高木厳さんを訪ねる。

聰さんが祖父や祖母から聞いた話によれば、「毎日酒ばかり飲んでいたというが、青木は祖父の絵道具を持ち出しては絵を描いていた」という。
描かれた場所については元靖国神社宮司の大野俊康さん(90歳=東京在住=写真下中央)が本渡諏訪神社の宮司の時、地元紙の天草毎日新聞に『青木繁の「天草風景」を追って』を1975年1月から6回にわたって連載している。
これによると、本渡亀川尻の河口から見た対岸の天草上島の瀬戸、志柿方面の風景であるという。絵には着物を着た女性が二人描かれていて、寒の頃の海藻取りなど磯仕事をしている早春の風景画だ。実際に自分の娘たちをモデルにして写真に撮って画と比べるなど調査をした。

青木の研究で権威の故・河北倫氏(かわきた みちあき1914〜1995年)は「画面左下には1909と鉛筆でかきこまれ、頑丈な枠裏には『1909年於天草青木生』と例の墨の達筆でしたためてある。」と著書『青木繁と坂本繁二郎』に書いている。1959年から大原美術館が所蔵している。

青木は「滞在中全くの無一文で、随分迷惑をかけたと聞いています」と聰さんは話す。
また高木家を出て行くとき青木は「大変迷惑をかけた。そのお礼といってはなんだけど、この絵を受け取ってくれ」と2枚の絵を差し出した。その時の1枚が『天草風景』だった」という。 ところが巌さんは「お前はこれから無一文では何もできないではないか。途中でこれを金に代えて旅をつづけろ」と青木に返されたという。

聰さん宅には青木が使ったと伝えられている木製の絵筆箱が今も残っている。中を開けるとパレットや筆は無くなっているが、緑や青の絵の具がこびりついていた。また、青木や巌さんなど美術学校時代の同級生が写っている写真もアルバムに数枚残っていて、植野健造教授は「美術史上、大変貴重なもので近く、現地を調査したい」と話している。


(「天草風景」は熊本県立美術館で開催の「大原美術館展」で公開。2012年12月14日から2013年2月11日まで)
熊本県立美術館(外部サイト)
(2013/2/8)

◎関連記事:
○寄稿「青木繁に関する新知見」植野健造(福岡大学教授)
○天才画家・青木繁 新資料多数発見 白馬会出品目録や写真・絵道具も!

○「天草放浪 天才画家青木繁が描いた天草風景」(外部サイト=蛇の目寿し公式サイト)

         
福岡大学人文学部植野健造教授   元靖国神社宮司の大野俊康さん   高木巌さんの孫・聰さん
福岡大学人文学部植野健造教授   元靖国神社宮司の大野俊康さん   高木巌さんの孫・聰さん(73歳・医師)
 
 
電子書籍表紙
 

『赤い夕日は天草灘に!平成に蘇る野口雨情と古関裕而の唄』<改訂版>=電子書籍・番組ガイドBOOKシリーズ=

古関裕而さんの直筆譜面を発見!半世紀ぶりに再演
被災地との架け橋に

天草下田温泉。
歴史は古く、湯治場として人気があるが、著名人や文化人もたくさん訪れている。
ここにはかつて戦前、「赤い靴」や「シャボン玉」など国民的な童謡や民謡で広く知られている野口雨情が作詩しその後、「君の名は」や「鐘の鳴る丘」「栄冠は君に輝く」などを作曲して数多くのヒット曲で知られている古関裕而さんが付曲した「下田温泉小唄」があった。

しかし偉大な芸術家たちが作ったこの歌は、名曲でありながら、日本の高度経済成長と共に、時代の波に押し流されてしまい、次第に唄われなくなった。地元でこれを歌える人は今や、一部のお年寄りだけだ。もちろんレコードも無くなっていた。

天草テレビで取材を進めるうちに、作曲した古関裕而さんの直筆の譜面を発見!
これを元に童謡歌手の沖吉けい子さんの唄とピアノ演奏、さらに下田出身の藤本流藤本睦津満社中の三味線と尺八、太鼓の唄と演奏で、平成の今に蘇らせ、再現してみた。
実に半世紀、55年ぶりのことだ。

東日本大震災からちょうど1年。偉大な芸術家だった野口雨情は北茨城市、古関裕而さんは福島市出身といずれも今回の被災地で、今も早期の復旧、復興の支援が待たれている。「下田温泉小唄」の再演を通じて、天草から遠い被災地への祈りと願い、さらに埋もれてしまった地域の文化を再発見し、地域の振興につなげるのを目的に、天草テレビが開局10周年を記念し、企画・制作した。

最新の研究成果を加えた改訂増補版ができました。(2013/3/11)

<目次>〜全45ページ
○口絵
○表題
○赤い夕日は天草灘に!
○続報・直筆書発見
○続報・初来島年が分かる
○HDビデオ動画「赤い夕日は天草灘に!」24分46秒
○HDビデオ動画「続・赤い夕日は天草灘に!」9分08秒
○HDビデオ動画「野口雨情 未発表の詩発見!天草初来島の年分かる」(6分59秒)
(=YouTube外部リンク=ビデオ動画はWi-Fi等のネットワーク環境でご利用いただけます。)
3Video Program (24min46sec,9min08sec,6min59sec)
★天草テレビ 編集部編
Published by AmakusaTV.Co,Ltd

★料金Price(JPY):¥980
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