この「貝の聖杯」は天草郷土資料館の入り口正面に展示してあり、同館のシンボル的な存在である。
故・錦戸宏館長はこの資料について、「天草文芸」3号(1978発行)に次のように紹介している。
入手したのは忘れもせぬ1977年の正月4日、つまり今年の新春早々。
私とは長年の交際で信頼できる本渡南のi氏宅へ新年の挨拶に出向き、その玄関先で、たったの今先、漂白剤からあげたばかりだと、まだ滴のしたたり落ちるこの貝を見せられた。
曰く、旧ろう天草町大江と高浜の中間にある里の古家を解体する直前に、同家の祭壇のような床の間に置いてあったのを貰ってきたが、あまりの黒さに十日間ほど雨にさらし、たわしにかけたが落ちないし口縁部などべとべとに汚れているので、さらに一週間ハイターと水に漬けたところ表面
の汚れ(偽装か)が全部落ち、黒い十字架が現れた。
一週間、漂白しても消えなかった奇跡の十字。
恐らく、この貝は聖杯として隠れ切支丹の儀式に使われたものであろう。
その昔、海を渡ってきた宣教師が持参、幾十百年の星霜を経て甦った世界でも例のない遺物と推定される。
苓北町文化財保護委員 故・錦戸宏(当時)
(高さ250mm 横190mm 写真拡大して見る)
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